SFT労組の歴史
1945年●昭和20年
第2次世界大戦の終戦後、工場再開と同時に神戸製鋼所・神戸工場において「連合組合結成」の動きがおき、「工員組合」および「職員組合」が相次いで結成。
1946年●昭和21年
『全神鋼連合労働組合』が結成され、「職員・工員組合」が一本化された組織となる。
1949年●昭和24年
神戸製鋼所の企業整備により、『神戸ブロック:㈱神戸製鋼所』と第2会社としての『金属ブロック:神鋼金属工業㈱』『電機ブロック:神鋼電機㈱』の3つに分割される。
分割の動きに合わせて客観情勢の急変ということを理由に、電機ブロックの「松阪工場閉鎖」を含めて679名減員(減員後2692名:第1次合理化)。
第2会社への分離・独立と同時に、労働組合は『神鋼電機連合労働組合』として再編成。
≪新組合として『神鋼電機労働組合連合会』の創立≫
1950年●昭和25年
第1次合理化で「企業再建」ができず、再び人員整理を含む第2次合理化案(522名減員)が提案。交渉が決裂し、無期限ストライキの大闘争となる。会社側は、鳥羽・山田・東京の3工場を閉鎖通告。「完全雇用」一本槍で実力行使続行の鳥羽労組指導部(指導者の大半が共産党員)に対する批判の声が増大、工場閉鎖通告を契機に鳥羽労組で新組合が結成され、分裂の悲劇となった。鳥羽労組分裂後、名古屋労組・大阪労組の脱退により、『神鋼電機連合労働組合』は事実上の運営が困難となり5月15日解散。それぞれの労組が企業連合の必要性を感じ、7月15日新たに『神鋼電機労働組合連合会』を結成。同時に全神労協(全神鋼労働組合協議会)に加盟。
※この結成をもって当労組の創設とみなし2020年が70周年となる。
2009年●平成20年
社名変更に伴い、「シンフォニアテクノロジー労働組合」へ名称変更
